パカッパカッと馬の蹄の音が帯広の夜の街に鳴り響くようになったのは、2019年のこと。大きな身体を持つ輓馬(ばんば)が曳く赤い2階建ての馬車の傍らには、必ず永田剛さんの姿があります。帯広の夜の街をお酒を楽しみながら馬車で巡る「馬車BAR」の立ち上げから、専属ガイドまでを務める永田さんにアイデアを形にすること、また帯広の馬文化を伝えることの大切さを伺いました。(聞き手:クナウパブリッシング 大西)
はじめに永田さんが馬車BARを立ち上げるまでの経緯をお聞かせいただけますか?
2015年頃にとかちイノベーションプログラムに参加して馬車のプログラムを十勝でやりたいと思ったのが最初です。その時はまだ帯広競馬場の輓馬(ばんば)を使った地域おこしの観光プログラムとして考えていて、輓馬を使うなら乗馬よりは馬車だろうと。事業化を考えていくことになるんですが、その翌年くらいまでは単純に馬車に乗せるだけのアイデアで進めていました。
※とかちイノベーションプログラムとは…十勝の挑戦者(起業家候補)が、数種類のセッションを通じて新事業創造を行っていくプログラムのこと。
その後、何年かしてとかちイノベーションプログラムの仲間たちとの観光勉強会の場で、馬車をBARスタイルにするのがいいんじゃないかとアイデアが生まれまして、その時にはもう「馬車BAR」というタイトルも決まり、帯広の夜の街をお酒を飲みながら巡るという今の形が生まれました。
そもそもどうして馬を使ったプログラムを始めようと思ったのですか?
僕は移住者で十勝に移住してきてだいぶ経つのですが、節目でこの先も十勝で暮らしていくなら、ここを選んだ理由をもう一度改めて振り返ってみようと思いまして。そうして楽しい観光の仕事で地域おこしのようなことを生業にして暮らしていくのが面白いんじゃないかと思い、そこからは事業としての観光をどう実現させるのか、そのために勉強会や講習会に出て一から観光を学びました。その中で一番最初に思ったことは、観光で何かをするためには観光地としてゲストに選んでもらわなければならない。ここを見つけて選んでもらうためにオンリーワンの観光プログラムが必要だということです。
十勝ならどういうオンリーワンのプログラムができるのかと周囲を見渡した際に帯広競馬場を思いつきました。正直その時まではばんえい競馬にそれほど興味もなかったのですが、改めて競馬場について知ろうとカメラマンの山岸伸さんの写真集「輓馬―BANEI KEIBA―」を拝見し、見方が変わりました。その写真集の中には競馬という視点ではなく、輓馬という馬の魅力を伝える写真が掲載されていて、この馬の魅力こそが観光資源としてオンリーワンの強みになるのではと思ったんです。そして輓馬を活用するには馬車というプログラムが最適だと考えました。そうしてとかちイノベーションプログラムの時に事業構想のアイデアとして発表したのですが、馬車というだけでは周囲の人に相談しても「ふーん」といった感じであまりリアクションをいただけなかったのですが、馬車とBARを組み合わせるアイデアが生まれた場では「馬車BAR素敵ですね」と。若い女性の方からも「実現したらぜひ乗せてください!」と好反応をもらって。そのリアクションがあったのでこれは絶対うまくいくはずだと自信につながりました。
今までなかったものを作り上げるという点で、事業化は大変だったのではないですか?
当然馬車も用意しないといけない、馬も買わなきゃいけない、スタッフも雇わなくてはならない、組織もなけれはお金もないので大変でした。ただ事業計画を作るのは自分の強みを活かすことでもあったので、まずはそれを成し遂げることが次につながるはずと兎にも角にも事業計画を書いていた時期が1~2年くらいありました。
その間に札幌の観光馬車や九州・由布院の観光辻馬車を視察に行って、どのような仕組みで成り立っているのか調査しました。そもそも馬車は本当に楽しいのか、という裏付けも含めてね笑。そうした中でプログラムの時間はおよそ1時間前後が長すぎず短すぎずちょうど良いとわかりまして、自分が目指す内容と非常にぴったりだと。またちょっとした休憩として立ち止まるスポットも必要だとわかりました。札幌だと時計台で止まって記念撮影とかね。そういう部分も含めて体験のシナリオを作っていきました。
観光体験はシナリオがとても大切で、それによってどの場所でも絶対おもしろい観光地にできるというのが当時から今につながる考え方ですよね。馬車という乗り物において、シナリオにつながるルートと距離の長さも相当考えました。帯広の中心街だと北の屋台とか駅前とかは必須かなとかね。あと発着場所も悩みました。乗車場所にはトイレがあったほうがいいいとか、BARのドリンクやフードをどうするのかとか、受付場所とかね。その要素をクリアしているかつルート上にある場所としていろいろ考えた結果、現在発着場所となっているHOTEL NUPKAがドンピシャだとたどり着いたわけです。事業計画を書いたタイミングでNUPKAの関係者に相談を持ちかけました。当時からNUPKAはチャレンジングなホテルとして有名でしたからいけるのではと思っていたのですが、話してみると即座に面白いからうちでやってもいいよというだけでなく、ホテルの事業としてやるのも面白いよねという風に言ってくれまして。そうして2019年に馬車BARが運行を開始できることになりました。
馬車BARの認知という点ではどのような活動があったのですか?
前職でラリージャパンの運営などに携わっていたことがあったから思うんですが、地域が一色に染まって盛り上がるよなムーブメントは大事ですよね。
今では中心街のアイコンというか、帯広市のアイコンになってきていますよね。帯広市のポスターやAIRDOの機内誌にも表紙で取り上げられていましたし。まだまだ乗ったことがない市民の方や知らない方もいらっしゃるでしょうから、こういう風に取り上げられるのはいいことですよね。
馬車BARって事業計画の中では広告宣伝費はゼロなんです。事業規模からも捻出しづらいというのが一番の理由なのですが、もっと言えば宣伝にお金をかけなくても本当に価値や魅力があれば、パブリシティやPRで周知される。それからネットの時代なので口コミで広がるはずなんです。いつかは帯広のアイコンになればいいなぁと思っていたので、今回機内誌の帯広特集でメインで取り上げていただいたことは、目指していたことがその通りだったよと認めていただけたようで非常に嬉しかったです。
ただ日本の1億人の中で馬車BARを知ってくれている人は1桁のパーセンテージだと思うんですよ。これを2倍、3倍にしていく。そうすると馬車をもう1台増やそうだとか、週4日だけじゃなく毎日運行しようだとか次のステップに進めるかなと。お店と違って馬車と馬と馭者(ぎょしゃ)の分の投資で済むので比較的柔軟な拡大が望めるビジネスだと思っていますし、そうすることで今とは違うルートでも走らせることができるのではと思っています。
馬車BARにとって欠かせないのが、曳き馬になってくれているコマちゃんだと思うのですが、出会いのきっかけはなんだったんですか?
馬に関してはど素人だったので、事業化を考えた時に今から自分が学び始めることがベストなのかと考えまして。ありがたいことに帯広競馬場があることで、馬も人材も日本のどこよりもいる。こと馬に曳かせることを考えるとここ以上に最適な場所はない。なので自分が馬車の馭者をやるのではなくプロフェッショナルに任せるべきだと考えて競馬場の調教師に相談しに行きました。
前職の時に知り合った方がいたのでその方にご相談して、近く引退するかもしれないというムサシコマを選んでもらいました。車を怖がらないし、人間にも優しい。馬車の曳き方も上手だから馬車の仕事にベストだと。今まで事故なく、そして人気になっているのは馬車の仕事への適正の高さと観光という仕事で大切な愛される適正もあったコマちゃんの性格があってこそだよねと、調教師の方ともすごい良かったねと話しました。
コマちゃんとは運命的なタイミングでの出会いだったんですね。永田さんはアドベンチャートラベル(以後AT)に関してはどうお考えですか?
僕もATのサミットが北海道で開催されることが決まってから、情報を追っかけました。その中でいつだかのATの説明会の資料で、ATの例として「十勝の馬文化」と書いてあったんです。十勝の馬文化を使った観光プログラムツアーというのはまさにATなんですという感じで。もちろん馬車BARのプログラムを考える上で、シナリオの背景として日高にあるサラブレッドの文化とは異なる十勝の輓馬が持つ文化、同じ馬というジャンルでも全く別の歴史があるのが面白いことだと思っていました。一番はじめに作った名刺は十勝シティデザイン株式会社馬文化事業部にして、馬文化がエッセンスなんだと明記していたくらいですから。
馬車に乗って「楽しかった」だけであれば、それは売り物で終わってしまう。けど今僕たちが目指しているのは馬車BARの50分、馬との関わり合いを経たことで、馬車を降りる時にはお客様自身の内面が少しでも変わっていることを目指しているわけです。歴史文化と体験することによるゲストの自己変革、この2つについてはクリアできているので、馬車BARもATと言って然るべきなのではと考えています。
この先輓馬を利用したプログラムでやってみたいことなどはありますか?
コロナの時、馬車BARのお客さんも減ったために時間もあったので観光庁の事業で十勝の馬文化ツーリズムというツアーを2泊3日でやってみたんです。百年記念館で歴史に触れてから、帯広競馬場まで馬車で移動したり、帯広の森で馬搬の体験をしたり、過去農家では家族として扱われていたことを踏襲して馬とのコミュニケーションに挑戦したり。まさに馬づくしといった内容ですが、僕からすると、この馬文化こそが帯広・十勝が世界に誇れるオンリーワンの文化・歴史なのではないかと思うわけです。今後はとかち帯広空港から中札内村のフェーリエンドルフまで馬車で移動するなど、豪華客船やロイヤルエクスプレスなどと同じ様に価値ある乗り物としての魅力も表現していきたいですね。
お酒を楽しみながら街をめぐる馬車BAR。いざ乗ってみると永田さんのお話があってこそ、魅力が何倍にもアップするのだと気が付きました。降車した後にふと体験を思い返してみると、覚えているのは人懐こいコマちゃんの可愛さと、永田さんのトーク。馬とともに歩んできた十勝の歴史に手軽に触れることのできる、文化的価値もある体験なのだと感じました。観光客のみなさんにはもちろんのこと、地元・十勝の方もぜひ体験してみてほしいです。
永田さんの馬車BARにご興味を持った方はbashabar@nupka.jpにメールでご連絡いただくか、各種SNSのDMよりご連絡ください。
また乗車のご予約についてはhttps://reserva.be/bashabarよりご確認ください。
【HP】https://bashabar.com
工藤さんが勤務するデスティネーション十勝では、十勝でガイド業にチャレンジしたい方を募集中!
なんとなく興味を持っているという方も歓迎です。
募集期限:2025年2月28日(金)まで
問い合わせはこちら jimukyoku.dt★gmail.com(★を@に変更して送信してください。)
担当:工藤
アドベンチャートラベルとは「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち2つ以上を組み合わせた旅行形態のこと。本質的にはアクティビティを通じて自然体験や異文化体験を行い、地域の人々との触れ合いを楽しみながら、その土地の自然と文化をより深く知ることで自分の内面が変わっていくような旅行体験のことを指します。アドベンチャートラベラーが満足するツアーを提供するためには、地域を案内するガイドの存在が必要不可欠なのです。