第5回目は上士幌町ぬかびら源泉郷でガイドをしている「ぬかびライフ」の上村潤也さんにインタビュー。糠平にあるひがし大雪自然ガイドセンターに所属する傍ら、個人で旧国鉄士幌線を中心とした鉄道遺産、産業遺産巡りのプライベートガイドツアーを催行しています。今回はインタビュアーの工藤さんとともに、糠平の山林の中に残る鉄道遺構を巡るプライベートツアーに参加しました。自然と同化していくだろう情緒あるアーチ橋の趣を、真下から見上げたり、間近で撮影したりと迫力満点の内容でした。その後場所を移して、旧国鉄士幌線の過去の写真や資料を見せていただきながらお話を伺いました。「自然ガイドというより郷土史ガイドなんです」という上村さんのガイド観に迫ります。(聞き手:クナウパブリッシング大西)
今日は僕らのために糠平のおすすめ絶景ツアーをご案内くださりありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。自分のプライベートツアーは完全にオーダーメイドなので、お客様の興味や体力に合わせてスタートしてからも内容を変えることが多いです。今日もお二人なら滝からも下りれるなと思ってルート変更しましたし、常に決まったパッケージみたいなものはないんです。
そういったオーダーメイドで機転の効くガイドは、糠平のいろいろな場所の知識がないとできないですよね。
そうですね。僕は糠平に住んでいて、地域の人との関わりがあるおかげで知れたこともたくさんあります。通いで来て9時5時の糠平しか知らないのと、地域に24時間身を置いていることで知れることの差は大きいです。これはガイドとして大事だし、今の活動に活きていることですね。ついでにガイドとしての引き出しを増やすために、町史なども読むようになって自然と郷土史にも興味を持つようになりました。
ひがし大雪自然ガイドセンターのガイドさんは糠平に住まわれている方が多いんですか?
私と代表は在住で、もう一人は結婚を機に離れましたがそれまでは糠平は住んでました。地域に住んでると住んでないとでは本当に違います。
休日に下見したりするとおっしゃってましたが、そういうのも住んでないと気軽にできないですよね。
今だったら星空がきれいなのですが、そんなのも夜に家の外にパッと出て撮れますし、春は糠平のダムサイトからオーロラも撮影できました。
上村さん自身のガイドとしての強みはなんだと思いますか?
ここ糠平に身を置いているからこそ、24時間春夏秋冬すべての姿を知っていること。またその中でいろいろな方と関わって地域の歴史や今までの歩みを知れたこと。そして自分も糠平在住12年目なのですが、12年分の歩みを実感を踏まえて伝えられること。地域に住んでいるからこそ伝えられることがある。これが強みであり、自分がやっていきたいガイドです。それを「ぬかびライフ」という名前にも込めました。
糠平にガイドとして移住される前は何をされていたんですか?
18歳まで出身地である大阪の堺で暮らしていました。大学の4年間は東京にいて、観光を専攻して勉強し旅行業界を目指していました。ただ勉強すればするほど観光って余裕がなければお金が落ちない業界なので、SARSが蔓延していたタイミングもあり、長い目でみれば難しい業界かもと思いまして…。卒業後は商社に就職して、北海道営業部に配属され札幌で1年、帯広で3年働いていました。その後東京支社に転勤する話が出たのですが、その時にはもう北海道が気に入っていたので、仕事を辞めて北海道に残ることにしました。
北海道に残るんだったらこの広大なフィールドを活用して、もともとやりたかった観光の仕事に就こうと思っていました。でも今更大手の旅行会社もな、と思いガイドとしての就職口をハローワークで探していたら、ひがし大雪自然ガイドセンターが通年雇用の正職員としてガイドを募集していたんです。糠平は帯広営業所時代によく行っていた場所で、冬は毎週末糠平スキー場に行ってました。そのくらいお気に入りの場所だったので真っ先に履歴書を送って面接してもらいました。その時の面接で「然別湖ネイチャーセンターもガイド募集してるよ?」と言われ内心「これは落ちたのでは」と動揺したのですが、後日採用と連絡があって今に至ります。これが2013年の春の出来事です。
結構思い切りましたね?
やっぱり辞めるまでは1年くらいは悩みました。ただ深夜までパソコンを叩いているような営業の仕事をこの先10年15年続けるのはしんどいなと思っていたのもあって、転勤の話が出たタイミングで踏ん切りがつきましたね。
そうして糠平に来て11年ほどガイド経験を積んで、個人事業としてのぬかびライフを立ち上げたんですよね。現在ひがし大雪自然ガイドセンターに所属しながら、という立場ですが事業の棲み分けはどのようにしているのですか?
ぬかびライフは完全にプライベートツアーしかやらないので、ひがし大雪自然ガイドセンターでは実施できない分野をやっている感じです。ガイドセンターのハイシーズンなんて、タウシュベツのツアーはキャンセル待ちが出るほどで、ガイドも他からヘルプを呼びながら回している状況です。でもお客さんの中には「他のアーチ橋も見てみたい」という方もいらっしゃって、そういう方にはオフシーズンに来てくださいと伝え、その場はお断りすることがほとんどでした。そういったお客さんのニーズに応えたいというのもありました。
ガイドセンターのツアーは週末になるとワゴン車4台出して24人とかの大人数をガイドが先頭に立って案内するんですが、団体ツアーの添乗員のような感じになってしまって、お客さんとゆっくり話をしながら案内することが難しいこともあります。本来自分がやりたいようなツアーができないのもあって、プライベートツアーをやろうと思うようになりました。
プライベートツアーの需要はあったということですね。
そうですね。もともと常連の多い地域でもありますし、10年も勤めていると自分にも常連さんがついてました。直接自分に連絡がくるお客さんとかもいましたしね。
今糠平に来られる方って、初めての方と常連さんだと割合はどのくらいなんでしょうか?
タウシュベツのツアーに関していうと、話題になったこともあって初めて来ましたという方は年々増えています。北海道の絶景スポットを自分で写真を撮りたいという女性や若い人もかなり増えました。反対にぬかびライフのプライベートツアーは、過去ガイドセンターのツアーに参加して、何度か糠平に来たことがある方がほとんどです。ぬかびライフのInstagramも見てもらっていますね。糠平のことをもっと知りたいという感じで参加してくれます。こういう方で2~3割くらいかなと思います。
ぬかびライフ自体は5年ほど前に自分で立ち上げた地域の任意団体がはじまりで、許可をとった上でダムサイトの雑木を切って景観を整えたり、三股にある天狗の滝までの階段が完全に土に埋まっていたのを掘って、道を蘇らせたりしていました。この活動はNHKにも取り上げていただきました。
ぬかびライフというのは観光ツアーのための屋号じゃなくて、上村さんの糠平での暮らしそのもののことなんですね。
サークル的にメンバーを集めてやることも考えたんですが、私と同じ熱量で同じ方向を向いて、となるとそういう人を集めるってとても難しい。それだったら自分一人でやっちゃおうと思い立つタイプだったので、一人で立ち上げた形になりました。自分のできる範囲のことを取り組んでいる感じです。
コロナのこともあっていろいろできなかった時期に子どもも生まれ、自分の環境も変わったこともあって去年から個人事業主として事業者登録をしました。今年はぬかびライフとして観光協会に入ったり、商工会に入ったりもしましたね。財源はガイドセンターの孫請けのような形で自然館の横のトイレ掃除を請け負っていて、その財源で中村屋の向かいの建物に「ヌカドコ」というコミュニティスペース&BARをつくったりしました。今は子育てで忙しくてクローズさせていて、一旦借り主である中村屋さんにお返ししている状態ですけど。
上村さんがガイドをやっていて一番大切にしているポイントはなんですか?
ぬかびら源泉郷という温泉地があって、自分はそこで住んでガイドをしながら暮らしています。だからこそ糠平を次の世代に繋いで温泉地として存続させたいと思っていて、それをガイドとしての目標にもしています。自分がこの地域で子育てをしながら暮らしていくことができ、次の世代もここで家族と暮らしていける地域にしていきたい。ガイドとして糠平のことを伝えて、お客さんに知ってもらい、気に入ってもらう。そしてリピーターになってもらう。そのためにどうしたらいいかを常に考えています。
永続的にこの地域が続いていくために地域の魅力を伝えていきたいということですね。
持続可能な温泉集落としてこの地域が存続していけるようにしていきたいんです。今現在、私を含めて糠平には70人くらいしか住んでいません。2013年に移住してきた時には100人くらいいたのですが、10年で30人ほど減りました。このペースでいくと2030年には人口50人くらいの集落になってしまう。2050年には温泉の経営者一族のみになってしまって集落ではなくなってしまう。そういうところは実はたくさんあるんですよね。人口減少の時代ですが、なんとか抗って可能な限りこの集落を維持していきたい。そのためには観光客を呼び込んで関係人口を増やしていくことが大切なんです。
上村さんの行動の根源は糠平への愛なんですね。僕もこの3月で地域おこし協力隊を卒業して、地域のコーディネーターとして活動していく予定なので糠平にもお客さんを連れてこれるように頑張りたいと思います。
ぜひよろしくお願いします。
最後の質問ですが、上村さんはAT(アドベンチャートラベル)についてどう考えていますか?
セミナーなど何個か出たりしていますが、話を聞く度にATってなんなのかとずっと思っています。今までの体験型のエコツーリズムと何が違うのかわからないのが正直なところです。ヨーロッパとかだとエクストリームなアクティビティとかを想像するんですが、日本は日本版ATとしての解釈を試みているように感じています。海外の富裕層に向けて単価を上げた体験コンテンツを提供したいというのが本音の部分だと思うのですが、どうにも懐疑的な自分がいます。糠平はまだインバウンドとの接点が少ない地域なので、自分も地域としてもATというトレンドに対して感度が低い状態かもしれません。
ATの概念って地域の文化や歴史を知る手段としてアクティビティを旅行に取り入れましょうという話なんですよね。それで健康になったり、自分の中で新しい発見を得られたり、いわゆる自己変革を目的とした旅ですね。
僕はそもそも地域にあるそのままのもの、例えば今日の鉄道遺構のように歴史的なものや地域に残る文化的なものをしっかり見てもらい地域への理解を深めてもらうことが観光だと思っていました。なのでそのあとにATの概念が入ってきても、僕の考えている観光の本質と親和性があったに過ぎないと感じています。
そうなんですよね。それってガイドセンターが昔からやってきたこと、自分がこの10年でやってきたことと何も変わらない。なのでATというトレンドがあっても今までやってきたことをそのままやるだけ。その中でこれからは海外からのお客さんが増えていくことになるだけという気がしています。その時のために簡単な英語対応をできるようにならないとな、と思っています。
今までやってきたことを引き続きやっていくということですね。
糠平という地域性があるかもしれませんが、例えば大手のガイド事業所が糠平に入ってきたとしても自分と同じような郷土史ガイドがですぐにできるとは思えないので、最新のトレンドに飛びつくような危機感というのはあまりないのかもしれません。
改めて今日お話を伺えて、今後の僕の活動にも良い影響を与えてくれました。体験も面白かったです。本当にありがとうございました。
それならよかったです。こちらこそありがとうございました。
上村さんのプライベートツアーに興味がある方は、ぬかびライフのHPをご覧ください。
【HP】https://nukabilife.wixsite.com/nukabilife
工藤さんが勤務するデスティネーション十勝では、十勝でガイド業にチャレンジしたい方を募集中!
なんとなく興味を持っているという方も歓迎です。
募集期限:2025年2月28日(金)まで
問い合わせはこちら jimukyoku.dt★gmail.com(★を@に変更して送信してください。)
担当:工藤
アドベンチャートラベルとは「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち2つ以上を組み合わせた旅行形態のこと。本質的にはアクティビティを通じて自然体験や異文化体験を行い、地域の人々との触れ合いを楽しみながら、その土地の自然と文化をより深く知ることで自分の内面が変わっていくような旅行体験のことを指します。アドベンチャートラベラーが満足するツアーを提供するためには、地域を案内するガイドの存在が必要不可欠なのです。