第3回目の対談相手は株式会社いただきますカンパニー代表の井田芙美子さん。「いただきますの心を育む」をモットーに、十勝の農業の日常を切り取った畑ツアーや収穫体験を行っています。今回のツアーの舞台は芽室町の坂東農場さん。広大な畑にお邪魔し、作物の特徴や農場の魅力をたくさん教えていただきました。最後にじゃがいも畑の目の前にテントを張り、お話を伺いました。(聞き手:クナウパブリッシング石崎)
やはり十勝で一番ユニークな観光資源は「農業」だと感じています。実際に畑の中に入ってガイドしてもらうこの体験はとても価値があり、今日体験できて良かったです。なぜこういう体験ツアーをやろうと思ったのですか?
元々、羊飼いの農家になりたかったんです。父が、放牧の酪農家さんのための電牧設計や営業の仕事をしていたので、農業が身近なものでした。また父が昔羊の牧場で働いていたりヤギの研究をしていたり、時には全道各地から羊飼いがうちに泊まりに来ることもありました。自分にとって一番身近な農業が羊飼いだったので。
※電牧(でんぼく)とは・・・電気牧柵(でんきぼくさく)の略で、牧場に電線を張り、そこに電気を通す装置。牛などの家畜が電牧に触れると電流が流れてショックを受け、牧場から逃げることを防ぐ仕組み。
それは凄い!羊がとても身近な存在だったんですね。
なによりその羊飼いの人たちがとても魅力的で、自然と興味を持つようになりました。でも本当に農家になりたいのかまだ分からなかったので、まずは帯広畜産大学に行って学ぼうと思ったのが始まりです。羊の勉強をして羊の毛刈りのアルバイトもしていました。農家さんのところで住み込みでお手伝いもしていましたね。
とことん、羊について極めたと。
突き詰めた結果、私がなりたいのは羊飼いではないということが分かりました。羊飼いの仕事はおいしいラム肉を生産すること。羊飼いの先輩方は羊を眺めながら「どうやったらおいしいお肉になるだろうか」と常に考えていました。そんな風に探究できる人たちが農家になれると分かったとき、私が楽しいと感じるのはその探求ではないと気づきました。私が楽しいと感じるのは、自分が住んでいる牧場へきた友人たちに「羊の毛刈りはこうやるんだよ」「羊ってこんな風に食べることができるんだよ」「この牧場の方はこんな素敵な人でね」と伝えることでした。あとは農業用フォークで牧草を上手にたくさん取れるようになった!トラクター運転できるなんて素敵!みたいなね。
農家さんがやっている日常的な作業一つひとつを魅力的に感じていたのですね。
父が農業に関わる仕事をしていたとはいえ札幌で育っているので、農家の仕事っぽいことができるということが魅力に感じていたんだと気づきました。そう思ったときに私は生産者ではなく、農場自体の景観や体験、仕事を通して魅力を発信していくことに興味があると気づきました。それでグリーンツーリズムの勉強をし始めたのが大学2年か3年の頃だったかな。
※グリーンツーリズムとは・・・農山漁村地域に滞在して自然や文化、人々との交流を楽しむ余暇活動のこと。
学生のときからその考えがあったのですね。
当時、鹿追町でグリーンツーリズムを広めようと熱心に勉強会が開かれていて、私も参加していました。でも熱意はあるのにあまり広がっていないなと感じたんです。じっと観察していると、農家さんはとにかく忙しいし観光シーズンと農業の繁忙期が被っているから確かに難しいなと。
確かに!十勝の大規模な農家さんがグリーンツーリズムを主体的に取り組むには限界がありますね。
農業は人が生きていく上で、切っても切れない大事なことだと思っています。でもそのことを農家さん自身が発信しなければならないのかと言われたらそうではなく、生産することに専念しても良いのではと思っていました。大学卒業後は自然ガイドの仕事や海外に行った後に観光協会で働きました。先ほど工藤さんが言ったように、十勝の魅力ってなんだろうと考えたとき誰しも農業や十勝平野と答える人が多いと思います。でも十勝の農業自体や十勝平野を感動的に体験できるような機会が、あまりないと気づいたんです。とても魅力的な十勝平野を作り上げているのは、やはり十勝の畑作農家さん。その方々を紹介することこそが仕事になるのではと。その思いを持って独立を決意しました。
とても本質的なところをおっしゃっているなと感じています。農家さんを紹介するツアーをはじめる時、一般の人を連れて畑を案内することはすぐにご理解いただけたんですか?
学生の頃から実際に私と同じ思いを持つ農家さんがいるって知っていたんです。無理なく続けられる仕組みさえ作ることができれば一緒にやってくれる人はいるって確信していました。なので、私がやりたいということに対して「それいいね」と言ってくれた人と今も一緒にお仕事をしています。一番最初から今までずっと協力してくれているのは坂東農場さんです。ご縁があり出会ったときに「特別なことをしてほしいわけではなくて、雨が降っても台風で全部倒れていてもそれがありのままの農業だから」と伝えたんです。それは面白いと言ってくれて、今に至るという感じです。十分に気をつけてはいるのですが、ツアーを行っていると少なからず農家さんにご迷惑をかけてしまうことがあります。お客さんが作物を勝手に取ってしまったり。それでも「消費者の人たちに足を運んでもらうって大事だよね」と理解を示してくれるみなさんのおかげで続けられています。
1つの農家さんにお願いするわけではなく、いろいろな農家さんに協力してもらって今があるんですね。
そうですね。無理なく協力してくれる農家さんと一緒にやっていくのが一番のポイントかなと思います。ありのままをと言いつつ今テントを張っている場所、じゃがいもが3列ほど植えられていないんです。
あれ!本当ですね。
ツアーの最後にこの場所にテントを張って、坂東農場の揚げたてフライドポテトをいただくという時間があるんですがそのときにいつもテントを張れるようにと、ご厚意で植えないでいてくださっています。農家さんの日常を見せたいと言いつつ、ここにテントが張られていることが坂東農場の日常になりつつあると。
それもある意味日常と言えますね!僕の一番根幹にある観光論が「日常を見せる」ことなのですが、まさしくこういうことだなと感じています。このツアーは農家さんにご理解をいただいた上で、あくまでも作業を邪魔しないように案内していますよね。お互いの理解の上で成り立っていて、それこそ日常を害するようなことになってしまったらそれはもう観光ではないなと。
無理をしてしまうといろいろと問題が生じて、もう観光客は来ないでほしいとなってしまったら持続可能ではないですからね。
日常を邪魔にならないようにお見せするというのが、観光の本質だなと感じています。
ここにテントがあるのがむしろ日常、みたいなね。私たちがウロウロしているのが日常化しているのが坂東農場さんという。
僕の中でツアーとは「非日常」と「異日常」という言葉で分けて考えています。非日常はディズニーランドに行くなどをイメージしていて、異日常は地元の人からすると日常でも、それ以外の人たちからしたらそうではないこと、と認識しています。
確かに、ツアーというのはその2つをどう演出するかだと思っています。農家さんにとって最初の畑ガイドで説明している部分は日常ですけど、最後に畑でフライドポテトを食べるというのは非日常ですよね!日常は素材なので、それをどうすればツアー商品にできるかというところが大切ですね。ここにテーブルを出してテントを立てて、雨が降ろうがこのツアーを行うというのが商品化なのかなと。
この商品化された部分が、来るお客さんにとっては付加価値になっていますよね。
お客さんに喜んでもらうための演出。十勝平野の真ん中でじゃがいもを食べるって、普通に食べるよりさらにおいしく感じると思います。そしてこの出来事は忘れない。忘れない体験をしてもらうための演出をどうしたらできるかを考えるのが私の仕事ですね。
社名の「いただきますカンパニー」にはどんな思いが込められているんですか?
食べ物を作ってくれた誰かに思いを馳せられるのは、とても大事なことだと思っています。
特に外国の方がツアーに参加してくれたときは「いただきます」の話を大事にしていますね。海外にはいただきますを意味する言葉はなく、アーメンやボナペティのような神様への祈りや「スタート」を意味する言葉で食事を始めます。日本では料理を作ってくれたお家の人や食材を生み出す農家さん、食べ物そのものの命に感謝するという日本特有の考え方が現れたのが「いただきます」という言葉です。その感謝の気持ちを自然と持てるような機会を提供したいという意味で、社名をつけました。このツアーを通じていただきますの意味を感じてほしいという話をして始めています。そうしたらみんな一生懸命いただきますって言ってから食べてくれています。それは子どもでも大人でも、日本人でも外国人でもみんな同じことかなと思っています。だから食べ物を食べて生きている人、みんなに参加してほしいツアーですね。
最後に、井田さんはアドベンチャートラベル(AT)についてはどう感じていますか?
私がやっていることは、この地域の文化や地域の人たちのありのままの姿をお伝えしていくという意味で、ATの理念や概念に合致している部分はあると思っています。どのくらいのレベルでATを行っていくのかというのはまだ見えていないので、私はやるべきことを淡々とやっていこうと思っています。もちろん共感する部分は多いです。サスティナブルという点ではツアーで使用するゴミ箱にとうもろこしが何日で土に還るのか、人間が作り出したものがどのくらいの時間をかけて還るのか、みたいなことを書いてみたりね。
ATという言葉が先行すると、なにかとてもハードルが高いことを新たにやらなければならないように感じますが、井田さんのおっしゃる通り「ありのまま」がATにとって大事なキーワードですよね。今日は大変興味深いお話を聴かせていただき、ありがとうございました!
ありがとうございました。
十勝に住んでいると畑がある風景が日常で、何となく見過ごしがち。しかし愛のこもったガイドが合わさることでグッと心惹かれ、畑一つひとつに物語があると改めて感じられました。井田さんと坂東さんの笑顔に温かい気持ちに。またツアーに参加したいと思う理由の一つに、その笑顔があると思いました。
井田さんの畑ツアーに興味がある方は、株式会社いただきますカンパニー(0155-29-4821)までご連絡ください。
【HP】https://itadakimasu-company.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/itadakimasucompany/?ref=badge
工藤さんが勤務するデスティネーション十勝では、十勝でガイド業にチャレンジしたい方を募集中!
なんとなく興味を持っているという方も歓迎です。
募集期限:2025年2月28日(金)まで
問い合わせはこちら jimukyoku.dt★gmail.com(★を@に変更して送信してください。)
担当:工藤
アドベンチャートラベルとは「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち2つ以上を組み合わせた旅行形態のこと。本質的にはアクティビティを通じて自然体験や異文化体験を行い、地域の人々との触れ合いを楽しみながら、その土地の自然と文化をより深く知ることで自分の内面が変わっていくような旅行体験のことを指します。アドベンチャートラベラーが満足するツアーを提供するためには、地域を案内するガイドの存在が必要不可欠なのです。