「TOYO Cheese Factory」取締役の長原ちさとさんほど、チーズのプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい存在はいないだろう。
日本チーズアートフロマジェ協会認定フロマジェの道内第1号資格者、同協会チーズアート認定講師、同協会チーズ鑑評士、C.P.A.認定チーズプロフェッショナル、同チーズ検定認定講師など……。
その資格の多さには圧倒されるが、実は彼女のすごさはもっと別なところにある。ちさとさんのチーズにかける情熱と想いを聞いた。
TOYO Cheese Factory
取締役 長原ちさとさん
チーズ工場「TOYO Cheese Factory」
国道38号線を西に向かい、芽室町に入るとすぐ右手に「TOYO Cheese Factory」の建物が見えてくる。東陽製袋株式会社が運営するチーズ工場だ。
入口から階段を上がると、2階にはショールームのような広々とした空間が。「age(エイジ)」という商品のパッケージが美しく並び、ガラス窓からは1階のチーズ製造室が見渡せる。迎えてくれた長原ちさとさんは、立ち姿のとても美しい人だった。キリっとした、凛としている、そんな言葉がふさわしい感じ。
ちさとさんは、「フロマジェ」という認定資格を持つ、チーズのプロフェッショナルだ。耳慣れない名称だが、「フロマジェ」とは日本チーズアートフロマジェ協会公式認定資格で、いわばチーズ版のソムリエ。チーズに関する豊富な知識やテイスティング能力に加え、プラトーという実技も試されるところが特徴だ。これもまた耳慣れないが、プラトーとは、フランス語で盆や皿のこと。チーズプラトーは、飾り皿などにチーズを華やかに美しく盛り付けたものをいう。
フロマジェのコンクールでちさとさんが制作したチーズプラトーの映像を見たとき、斬新で芸術的な見た目に圧倒された。日常の「盛り付け」という言葉からは想像できない、その美しさと繊細さ。どこか彼女の立ち姿にも通じる気がした。「こんな世界があったのか」と驚かされるとともに、ここまで創造的なものを作りだせる長原ちさとという女性に強く興味を惹かれた。
「フロマジェ」の国際大会で第3位という快挙
東陽製袋株式会社は、芽室町で55年続く製袋会社。ちさとさんの夫である覚さんが代表取締役を務める。袋の会社がなぜチーズ製造をと疑問を持つ人もすくなくないだろう。多角化の一環として、10年もの間構想を練って事業化を実現させたのが「TOYO Cheese Factory」だ。「十勝の農業発展に貢献したい」という覚さんの思いが根底にある。
立ち上げに伴い、覚さんはちさとさんにチーズの勉強を依頼した。以来さまざまな資格取得にチャレンジしてきたちさとさんだが、「正直、最初はやらされ感が大きくて」と苦笑する。そんな彼女を変えたのはチーズプラトーとの出会い。「衝撃的でした。なんて素敵なんだろうって。これを全部十勝のチーズでできたらすごいだろうな、って夢がふくらみました」。
「フロマジェの資格を取りたい」と自ら申し出たちさとさんは、猛勉強を始める。結果、道内で初めて「フロマジェ」の資格を取得。さらに「第3回日本最優秀フロマジェ選手権大会」へと出場し、何と初出場にして初優勝を飾る。快進撃はここで終わらない。
「第5回世界最優秀フロマジェコンクール2021」へと歩を進めたちさとさんは、世界各国の代表フロマジェとともに、外皮を除いたチーズを食べて乳種や熟成期間などを答える「ブラインドテイスティング」、食べ合わせを提案する「マリアージュ」、カット技術や盛り付けなど9種目を競い、世界第3位の快挙を成し遂げたのだ。
表彰式で名前が呼ばれた瞬間、一番驚いたのはちさとさん自身だったという。素晴らしい技術を持つ選手たちと同じ舞台に立てたことは「大きな財産になりました」と振り返る。
そもそも、チーズに特別な関心や知識はなかった。人並み程度に食べてきた、というくらい。高い料理の技術があったわけでもない。ではどうやってここまで。「人生でこれ以上ないというくらい勉強しました」とちさとさん。
フロマジェの講習は東京でしか受講できないため、仕事の合間を縫って上京し、チーズに関する本も日々読み漁った。味や種類を知るために1日3食チーズを食べ続けた時期もあり、ざっと200種類以上は味わってきたという。世界第3位という成績は努力と情熱のたまものであることが分かる。
きっと昔から「一極集中」タイプなのだろう。しかし、ちさとさんは大きく首を振った。「全然違うんです。子どもの頃から、私には熱中できるものがずっとなくて」とぽつり。そんな自分に自信が持てず、コンプレックスを感じたこともあったと話してくれた。「チーズと出会ってすべては自分次第なんだって学びました。チーズが人生を大きく変えてくれたんです。」
「age」シリーズの魅力
「TOYO Cheese Factory」では現在「age」というチーズブランドを展開している。構想や準備、開発に10年を費やしたという通り、そのこだわりは尋常ではない。製造スタッフは全員乳製品の製造経験者、北海道に30名しかいない「チーズプロフェッショナル」の資格所有者も3名が在籍している。
ハード(6ヵ月以上/10ヵ月以上)、ラクレット、ゴーダ、チェダーの5種類のチーズの製造は、オートメーションと手作業の良い所を組み合わせて行われ、その材料となる生乳へのこだわりは特に強い。自社でミルクローリーを所有し、指定農場の生乳のみを使用する体制を確立しているのだ。
ちさとさんによると、通常チーズに使う生乳は、さまざまな牧場のものが「合乳」になるのが一般的。単一生乳のためにミルクローリーまで所有するのは、この規模のチーズ工場としては日本初だという。
2021年には難関といわれる食品安全の国際規格「FSSC22000」も取得した。これで海外への輸出も可能になる。小規模事業所での取得は、業種を問わず全国的にもまれだ。
販売方法も特徴的で、会員のみが購入できる。提供数が限られるageのブランドコンセプトとぴったり合っているように感じるが、意外なことに、設立の段階では「会員限定」のコンセプトはなかった。コロナ禍により物産展や飲食店への卸しが難しくなり、販路開拓がまったくできなかった結果、社員で相談する中で出てきたのがこの方法だった。手塩にかけたageを広めるために。一丸となって試行錯誤する姿勢が感じられる。
ちさとさん自身も、自社のチーズについて語るとき、実に誇らしげだ。その楽し気な様子からは彼女がageのチーズに注ぐ気持ちがあふれ、そんな彼女が勧めるチーズならぜひ食べてみたくなる。
今回取材に際してちさとさんとLINEを交換したところ、メッセージにチーズの絵文字がついてきた。「こんな絵文字があるんですね」と思わず尋ねると、「そうなんです。見つけたとき嬉しくてすぐに購入しちゃいました。チーズ馬鹿って言われるんですけどね」と声を弾ませた。
「好き」を仕事にできる人は少ない。そして「好き」を仕事にできた人はきっと最強だ。彼女を見ていると心からそう思った。
今後の夢を聞いてみると「十勝のチーズを世界に発信していきたい。子どもたちに酪農家やチーズ職人、フロマジェに興味を持ってもらえるような活動もしていきたいです」と答えてくれた。さらに広がりと深みを増していくだろうちさとさんの取り組み。それは何だか彼女が愛するチーズが熟成していく様子にも重なる気がした。
TOYO Cheese Factory
電話番号 0155-62-0007
住所 芽室町東芽室基線3番5号
※現在平日のみ見学を受け付けています。(9:00~17:00/完全予約制)
※店頭販売は一切ありません。会員権についてはホームページをご覧ください。