【食肉料理人集団エレゾの挑戦】肉の神髄ジビエにあり

ジビエとは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を指すフランス語の「gibier」を語源とする言葉だ。豚も牛も鳥も、すべての家畜はもともと野生動物だった。だからこそ野生の肉=ジビエを紐解くことが、肉の真髄に迫るためには必要なことなのだ。肉への飽くなき探究と感謝の食文化の開拓。食肉料理人集団エレゾを率いる、佐々木章太代表に話を聞いた。

「いのちから食材に転換する作業をしたことはあるか」

帯広市にある人気カフェレストランの次男に生まれた佐々木章太さんにとって、「食」は身近な存在だ。将来を考え始めた時も、忙しい飲食店を切り盛りする家族を助けられる人間でありたいと料理人になる道を選んだ。自分を追い込みがちなストイックな性格で、厳しい環境に身を置きたいと進んだのはフランス料理の世界。技法の多さや盛りつけの完成度など求められるものが多く、体得すれば必ず力になると思った。群馬県の専門学校を出た後は、軽井沢のホテルのメインダイニングに勤めながら、休日は近くの個人店で無給で働いた。少しでも早く技術を習得したいという一心で打ち込んだ修行時代。向上心は留まるところを知らず、「日本で一番厳しいところで料理がしたい」と東京の一流ビストロに就職。残すところは渡仏修行、という段階で実家の店が代替わりし、母親が継ぐこととなった。「家族を助けられる人間でありたい」という、料理人としての初心。母親の手助けをしようと十勝に戻ってきたのは23歳の時だった。

当時の佐々木さんにとって、ジビエはあくまで「フランス料理における秋冬のごちそう」という認識。調理したことはもちろんあったし、見識を深めるために東京で食べ歩きもしたが、扱う食材のひとつでしかなかった。実家の店で働きだしたある日、常連のハンターから声をかけられた。「東京の名店で働いてきたそうだが、いのちから食材に転換する作業はしたことがあるのか」と。何を言っているのかと不思議がっていると、次の日、その日撃たれたばかりのエゾシカを持ってその人はやってきた。「捌いてみるか」。ハンターの手つきを見よう見まねで、割腹。内蔵を摘出し、剥皮をし、関節ごとに外して肉として成形する。生暖かい、いのちのぬくもりが残る肉を触ったのは人生で初めてだった。冬だったこともあり、2週間ほど吊るしてから食べてみなさいと言われ、数週間後食べてみたその肉に、今までにないおいしさを感じ衝撃を受けた。エゾシカ肉といえば、北海道では昔から硬い、臭い、まずいというレッテルが貼られ、食材としては決して好まれていなかった。それもそのはず。以前はハンターが山で撃ったエゾシカをそのまま山で捌き、丁寧な血抜きや処理がされないまま食肉へと加工されていたため、味も肉質も良くなかったのだ。正しい見識と処理を用いれば、これほどおいしい肉になるのか。感動を伝えるべく、東京でお世話になった料理人たちにも送って食べてもらったところ絶賛の嵐。当時の日本のジビエは輸入に頼る部分が多く、国産はほぼ出回っていなかったこともあり、こと上質かつ衛生的なジビエといえば、東京の名店でもなかなか手に入らない存在だった。「困っている店のためにも、自身の勉強のためにも、みんなに良いジビエを送ってくれないか」。お世話になった店の社長からの一言が、食肉業界への扉を叩く最初のノックだった。

十勝のジビエ【エゾシカ肉】

どんな肉でも① 品種② えさ③ 環境という3 つの要素によって構成される。ジビエの面白いところは、野生であるからこそ生息域の土地の豊かさによって、肉質のポテンシャルが異なってくる特性を持っていることだ。中でも縄張りを持つエゾシカは生息域による違いがわかりやすい。牧草地に生息するシカは、牧草を。山で生息するシカは、笹を主食とするため旨みや香りの構成がわずかに異なる。特に十勝は起伏の激しい地形が多いため、筋肉が発達し旨みの強い肉質を獲得する。また腕の良いハンターや処理業者が多いことから、十勝のエゾシカ肉のクオリティは全国でも高い地域だといわれている。

エレゾが目指す食文化の世直し

食肉業界へと踏み出すためにさまざまな文献を読み、現場を訪ねて知ったのは、食肉業界への偏見や差別の多さだった。生き物を殺すと殺への蔑視、肉を捌き成形する工程に過ぎないという軽視によって、長い間日陰の存在とされてきた歴史がある。佐々木さんはストレートに「感謝がなさすぎる」と憤慨した。当たり前のように肉料理を作り食べていながら、いのちから食材へと転換する作業をしている人たちへの、感謝以前の差別の眼差し。「食肉業界で働く人たちに感謝できる環境や文化を作っていきたいと思いました。そのためには高いクオリティで説得力のある肉を提供していく。シカ肉がおいしいからとか儲かるからとか、そういうのは全くなくて。感謝の食文化を築いていきたいというのがエレゾのスタートでした」。そうして2005年。食肉流通を手がける(株)エレゾ社を創業。食に携わるものとして、現代の消費するだけの食文化への憤りが、佐々木さんとエレゾを邁進させるエネルギーとなったのだ。

エレゾの第一章、その集大成のオーベルジュ

大津の海を望む崖の上に、昨年10月にオープンしたのが「エレゾエスプリ」だ。3つの宿泊棟と、神秘的な白いレストラン棟からなるオーベルジュは、佐々木さん曰く「エレゾの第一章の集大成」だという。食材としていただくいのちが息づく場所に自らの足で赴き、自身の目で見て、触れて、食べて、感じる。いのちと向き合うための食体験を提供するための場所。宿泊棟にはテレビや時計などは置かず、レストラン棟にはあえて窓を作らなかった。自分自身と食の存在だけを感じる無の空間で、あくまで真摯に食と向き合う時間を過ごしてほしいという、エレゾの哲学とおもてなしを表現している。過去ここまで「食」を重視したオーベルジュがあったのだろうか、と驚くほどの徹底ぶりだ。

18時半になると、レストラン棟の入り口が姿を現し、食事を心待ちにする人々を迎え入れてくれる。エレゾの世界観が詰まった玄関アプローチを抜け、ウェイティングルームで5分ほどの映像を見る。食への想いが存分に高まったところで、食事の場へと移動する。左右対称につくられたオープンキッチンに付随するカウンター席。そこはまさにエレゾの料理人といのちある食材のためだけのステージ。観客たちは魅了される以外の選択肢はないことだろう。料理はおまかせコース1本、エレゾ自慢のシャルキュトリをはじめ、その日の最高の食材を使った料理がラインナップされる。いのちへの感謝を抱きながら、絶品料理に舌鼓を打つ食の経験は、席についた人の今後の人生の糧になるに違いない。

豊頃町の大津にラボラトリーを建設し、本拠地としたの2009年のこと。エレゾの哲学を結集させる場所として、なぜ大津を選んだのか。エゾシカなど食材との距離感で選んだのかと尋ねると、「大津でやっていくということは創業当時から決めていました。」と素早い切り返しが。「大津は十勝の開拓の歴史のスタート地点。エレゾが目指す、食文化の開拓のし直しも重ね合わせているんです。今まで札幌の駅前や東京でも店をやりましたが、食の背景を伝えるのに言葉で語っても満たされないものがありました。そのものができる場所でしか伝えられないものがあると考えています」。

肉への関心が生まれた、あの日のエゾシカ肉から18年。エレゾの食文化の世直しはまだ第一章のクライマックスを迎えたばかり。第二章、第三章の構想はすでに佐々木さんの中に図面を引いた形で存在している。食肉料理人集団エレゾはどこまで羽ばたいていくのか。今後も目が離せない。

ELEZO ESPRIT
(エレゾ エスプリ)
電話番号 070-1580-1010
住所 豊頃町大津127
チェックイン14:00/チェックアウト13:00
【宿泊】1室2名利用/1泊2食付き/1名55,000円~
【食事のみ】1日1組限定(2名まで)/1名28,000円
詳細はホームページをご覧ください。http://esprit.elezo.com/